大阪キリスト教短期大学 子どもを愛する保育者を育てる

大阪キリスト教学院 大阪キリスト教短期大学 幼児教育学科

日本国際飢餓対策機構「ハンガーゼロ」
安達遼平さんからのメッセージ

「私たちも出来ることを」
日本国際飢餓対策機構「ハンガーゼロ」 安達遼平

<世界食糧デー>

皆さんこんにちは。
ハンガーゼロの安達です。
今日は世界食料デーチャペルをみなさんとともに捧げることができて感謝します。
世界食料デーは毎年10月16日に国連が定めたイベントです。
貧しい国の人達を覚えて、自らの豊かさを見直す目的で定められました。
今日は、みなさんに一つでもなにかを掴んで帰っていただきたいと思います。
今、世界人口は77億人ほどと言われています。その中で飢餓人口は6億9000万人です。
約11人に一人が飢餓状態です。

皆さんは海外に行かれたことはあるでしょか。今日はおそらく皆さんが行ったこともないような国の話をします。
今年の世界食料デー募金はアフリカの5か国のために使わせていただきます。
ルワンダ、コンゴ民主共和国、エチオピア、ケニアそして南スーダンです。
今日はその中のコンゴ民主共和国にある孤児院の子どもたちから手紙が届いています。
この孤児院はハンガーゼロによって支援されています。
二人の女の子の手紙を紹介します。

<ベニーちゃんの手紙>

「私はベニーです。6歳です。お母さんはわたしを妊娠したとき、とても貧乏だったので、わたしを殺そうとして有害な薬を飲み続けました。
わたしは生まれたとき脳卒中を患っていました。治療するのにお金がかかると思った私のおかあさんはわたしをどこかに捨てようと決めました。
お母さんはわたしをバッグに入れ、目立たないようにたくさんの葉っぱでバッグを覆いました。
しかし一人の女性兵士がおかあさんの持っていたバッグを怪しがり、それを開けさせました。
それでわたしは見つかり、市役所の社会的援助に連れていかれたそうです。

その後、わたしは孤児院に送られました。名前のなかった私は命を救ってくれた女性兵士にあやかってベニーと名づけられました。
それは「祝福された人」という意味です。
しかし、わたしはお母さんが妊娠中使用していた薬のせいで、神経の病気があります。わたしは話すことと書くことが苦手です。
いまでは学校に通っています。学校では、特別に口頭でテストをしています。いまも時々息ができなくなる発作があります。
体がよくなるために、いまも病院に行っています。」

<グレースちゃんの手紙>

「わたしはグレースです。5歳になる幼稚園児です。
私のお母さんはわたしが生まれたときわたしを川に投げ入れました。お母さんは貧乏すぎて子供を育てることは難しいだろうと考えました。
幸いなことに、わたしが入ったかごは沈まずに、川沿いの草に引っかかっていました。川沿い住んでいる女性が、わたしを見つけてくれました。

彼女がわたしを見つけた時わたしのおなかは膨らみ、まだへその緒がついていました。
その場で、女性はかみそりの刃を使ってへそを切除しました。その後、わたしは破傷風を引き起こしました。
彼女はわたしを市役所に連れて行き、孤児院に送りました。
わたしは病院に緊急治療のための集中治療で2か月間治療されました。
2か月後、わたしは奇跡的に回復し、助けてくれた女性にちなんでグレース(恵み)と名付けられました。いまも孤児院で暮らしています。」

 

皆さんいかがだったでしょうか。
貧困とはこのような希望のないことです。赤ちゃんは本来望まれて、祝福されて生まれてくる存在です。
しかし、貧困のため、知恵がないためこのような扱いを受けてしまっています。この子どもたちは氷山の一角です。

<小さなこの一つのわざが>

海外開発支援は、このように例えることができるかもしれません。

ヒトデを海に投げる

海岸を散歩していると
少年がヒトデを海に投げていた。

何をしているのかと尋ねると、
少年は「海に戻してやらないと
ヒトデが死んでしまう」と答えた。

私はそんなことをしても、
海岸中がヒトデだらけなんだから、

すべてのヒトデを助けられないし、
意味がないだろうと言うと

少年は少し考え、
またヒトデを海に投げた。

そして私にこう言ったのだ。
「でも今投げたヒトデにとっては
意味があるでしょ」

 

私たちの小さいと思える募金でも、少しずつでも、一人ひとりを必ず助けていくことができます。
皆さんが将来先生になったときに子どもたちに「いただきます」の大切さを教えていただけたら本当にうれしいです。