大阪キリスト教短期大学 子どもを愛する保育者を育てる

大阪キリスト教学院 大阪キリスト教短期大学 幼児教育学科

2021年1月14日チャペル・
岩橋竜介先生のメッセージ

「宝物」
 常務理事 岩橋竜介

「私の目にはあなたは価高く、貴く わたしはあなたを愛し あなたの身代わりとして人を与え 国々をあなたの魂の代わりとする。」イザヤ書43章4節

先日の音楽プログラムの発表会、大変感動した。コロナ禍で色んなことができなくなった。それでも諦めないで、一所懸命に頑張った姿が表れていて、YouTubeで見ながら、涙した。一人ひとりが輝いていた。

人にはそれぞれものの見方や価値観がある。同じものを見ても違う受け止め方をする時がある。

例えば、私には3人の子供達がいて、それぞれもう大学生や高校生になっている。
しかし、彼らが幼稚園や小学校で描いた絵や私の誕生日や父の日にくれた手製のカードなどみんな残している。それらを売ったとしても、いくらにもならない。他の人が見たら、どこにでもある子供の絵や手紙に過ぎない。
しかし、私にとってはそれらは宝物だ。捨てることができない。

時に我々は人の価値を考える。あの人は私にとって価値ある人。大切な人。もちろんそこには理由がある。良いことをしてくれる。助けてくれる。都合がいい。美しい。そうでなければ、大して気にも留めないし、関心も持たない。極端に行って仕舞えば、価値を認めないということ。

今日の聖書の言葉は、神様のあなたへの関心を示している。神様はあなたのことをどう思っているかが示されている。
「私の目には、あなたは価高く、貴く私はあなたを愛している」とある。人があなたのことをどう見ているか、そんなことは構わない。もっと言えば、あなたがどれほど神様のことを考えているかとか、愛しているかとか、そんなことも問うていない。
ただ、あなたがあなたであることを喜んで、愛していてくれている。もっというならば、あなたが数ある学校の中から、このキリ短を選んで来てくださり、このチャペルで今まで聖書の話を聞いてくれた。神様のこと、神の御子救い主、イエス・キリストのことを考えてくださった。そのことを神様は喜んでいる。
あなたは神様の目には高価で尊い。誰がなんと言おうと、あなたは神様の宝物なのだ。

あなたのことをどれほど愛しているか。それは、どれほどあなたのために犠牲を払ったかによって表される。価値はそのように表される。
4節に「あなたの身代わりに人を与え」とある。この人とは誰か?それこそ、イエス・キリストである。ヨハネ3:16。これは聖書の中の聖書と言われている言葉。この分厚い聖書をまとめると、この言葉になると言っていい。「神はそのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。」
独り子を与えるほどに…。主イエスが十字架にかかったのは、あなたが罪の罰から救われるため。あなたを愛する神様があなたを永遠のさばきから救うために、身代わりに独り子のイエスを差し出された。
独り子を与えるほどに、世、すなわちあなたを愛された。それほど、あなたは価値のある大切な存在なのだ。

このキリ短で何度もチャペルで聖書の話を聞いてきた。これから残された学生生活で何回聞くのかはわからない。今までの話も忘れてしまったことだろうと思う。
しかし、一つだけ忘れないでいてほしい。それは「あなたは愛されている」ということ。こういう讃美がある。「君は愛されるため生まれた」。ご存知かもしれない。「君は愛されるため生まれた。君の生涯は愛で満ちている…」。そうなのだ。神様はあなたを愛している。誰がなんと言おうとも。価高く貴い。その印が、十字架なのだということを覚えていてほしい。

これからの人生、保育の現場や社会に出て、打ちのめされる時が出てくる。自分などいなくていい、無価値だと思う時が必ずやってくる。その時に、このチャペルで聞き続けてきた神様の声を思い出してほしい。
「あなたは値高く、貴い。あなたを愛している。」この言葉は卒業してもどこにいても、いつまでも変わらない。